ネッシーで有名な、ハイランド地方の淡水湖。
イギリス最大の貯水量を誇る湖でもある。しかし、ネッシーが有名すぎるせいで、トリビアとしてのインパクトは、「黒柳徹子が三十年以上ノーブラで過ごしている」並みに低い。
この湖はぶっちゃけ、ハイランド地方に無数に点在するフィヨルド (氷河の侵食でできた細長い谷) の一つに過ぎない。周りには、似たような湖がひしめいている。目隠しして連れてこられたら、識別できる自信がない。それどころか目を開けていても、ここがネス湖だと断言できる特徴を見つけることが難しい。
ネッシーという観光資源がなければ、これほど注目を浴び、集客力を誇ることもなかっただろう。
してみると、「自分たちの写真、じつは捏造でした」 と死ぬ間際にカミングアウトしたクリスチャン・スパーリングは、この界隈で、どんな評判に晒されているのだろう。
ワラ人形に五寸釘を打たれていないか心配だ。
ネス湖エキシビションセンター。( 公式ページ )
ネッシーの存在に白黒つけて墓穴を掘るような真似はせず、「探索の歴史紹介」 と、「グッズ販売」 に徹している。
スコットランド名産のキルトショップも併設されている。
レストランもあるが、こちらは、イギリスでよく見る平均的メニュー。ネッシー丼やネッシーパフェとか出せば、すごい利益率をたたき出せそうだが…
朝 10:00 開館。
入場料 5.95 ポンドを払って奥に進むと、六つの小部屋が並んでいる。中は暗幕で覆われ、大学祭のお化け屋敷風。実際にネッシー調査に使われた機器などが展示されている。
しばらく待つと、スライドの上映が始まる。
ハイランド地方に伝わる怪獣伝説、過去70年にわたる調査の歴史や考察が、時系列に沿って映し出される。
解説は英語だが、備えつけのリーフレットに日本語訳が載っている。色画用紙に、三往復目くらいのインクリボンでやっつけ印刷したような品質。
ともあれ、内容を理解するのに不足はない。
「私、確かに見ました。湖のほとりを闊歩する、この世のものとは思えない異形の物体…
急いで主人を呼び、その場に戻ると、既に姿はなく、ネス湖はいつもの湖面をたたえているだけでした…」
目撃情報を基に描き起こした怪物のイラスト。ネッシー少年だった私も初めて見る。おそらく日本では未公開の一枚だ。
「ネス湖は果たして、ジュラシックパークなのだろうか」 とナレーション。でもこの怪獣は、どちらかというと「シュレック」 のように愛嬌溢れている。
ポーズは 「オッパッピー」 だが、海パンすら履いておらずフルチンチン。
「ああ、間違いないね。あれは中生代の首長竜、プレシオサウルスだよ」
「自分の目が信じられませんでした。図鑑でしか見たことのなかった化物が、目の前を横切ったのですから」
「ネス湖は1万2000年前までは氷河だった。だからネス湖には、原始時代からの巨大爬虫類が生息している可能性がある」
目撃者へのインタビュー。
しかしナレーションは、「これらの多くは虚偽の証言だった」 「水面では目の錯覚が起きやすい。これらのレポートも、実は幻想だったのかもしれない」 とすべて切り捨ててしまう。
個人の名誉にうるさいこの国で、善意の情報提供者をこんな写真つきで噛ませ犬扱いして、訴えられないのだろうか。
「最新のカメラと潜水艦で、調査はついに湖の中へ!」
「そして、判ったことも多かったが、謎も増えた」
「判断するのは、あなた」
−完−
スライドは、何の伏線も解決せず、匙を投げる勢いで幕を閉じる。ブレア・ウィッチ・プロジェクトのように大胆不敵だ。
もし、客のつっこみ度を測るメーターとかがあったら、ここで一気に針が振り切ることだろう。
つっこみマシーンと化し出口をくぐると、土産物コーナー。スライドではシリアスだったネッシーが、マキバオーみたいな姿で並んでいる。客の憤りを和らげる作戦だろうか。
胸には、"Happy Ness" の文字。
英和辞典で "Happy" を検索すると、「幸せ」 のほか、「言動などが巧み」 という意味もあることが判る。訪問者の精神をゆさぶる上映と、それを巧みに癒すほのぼのネッシー。
実は、計算しつくされた施設なのかもしれない。
「ネッシーって本当にいるのかな?」 という少年時代からの問いに、厳しい現実を突きつけるネス湖エキシビションセンター。
もっとも、「ネッシーの痕跡であることが否定された訳ではない調査結果」 も紹介しており、ファンを一刀両断にはしていない。首の皮のつなげ方は芸術的だ。
都合の良い部分だけを信じれば救われるよう構成されている。
「都合の悪い部分に目を潰れということではないか。けしからん。客を懐柔するとは何事だ」 とゴネたくなるのはもっともだ。
しかし英和辞典によれば、"Happy" には、「夢のような」 という意味もあり、あくまでここが、夢を買うための場所であって、理論的な検証・討議を目的としていないことは自明だ。
矢追純一や川口浩の番組に散々突っ込みを入れつつ、「ブラウン管割りたくなるけどいい番組だったね」 と、惜しみなく拍手を贈れる人にだけ、訪問資格があるといえるだろう。
怪物発見を夢見てネス湖に挑んだ人達の努力と、ロマンを求める姿勢こそが、触れるべきポイントであり、存在の有無は、刺身のツマとして扱った方がいい。
登山だって、頂上を征服して得られるのは、感動とか達成感といった、定義の曖昧な、第三者には理解しがたい成果だけである。
でも人は山に登り、感激する。だから私も、がんばって給料(=登山資金)を稼ぐ気になり、かれこれ八年、真面目に社会人をやってしまっている。
ネス湖エキシビションセンターは、金も名誉も関係ない男のロマンと、その存在意義を訪問者に再認識させ、明日への活力を与えてくれる施設なのである。これで5.95ポンドは安い。
人生の方向性を再認識する時間に巡りあえるネス湖エキシビションセンター。JAROに訴えたくなるけど、来てよかった。
でも誰しもが、ロンドンから片道14時間のドライブをねぎらえる充実感が得られるか、ちょっと黄信号なので、複数人で行くときは、アーカート城 (Urquhart Castle) も行程に入れておいたほうが、人間関係に亀裂を入れず済むでしょう。
辞書の引用は、"大修館書店 ジーニアス英和辞典 第三版"