読み込み中 ...
|
||
南米エクアドルは、国土の三分の一が、標高2500mを越える場所にあります。首都・キト(Quito)も、標高2800mに位置し、飛行機を降りた瞬間の息苦しさは、北アルプスの稜線に匹敵します。
気をつけないと、観光しているだけで高山病にかかってしまいますが、この高さゆえ、陽は強く、青空は途方もない深みをたたえています。
首都キトは、人口1200万人を超す大都市ですが、車で小一時間も走れば、もうアンデスの懐です。
もともと標高が高いため、村の里山にすら、4000mを越える座がザラにあります。
4000~6000mの山に、国際空港から一時間で麓に。四時間以内に山頂に着ける、というアプローチの良さは、エクアドルが世界に誇る観光資源です。
山裾は、まさしく「コンドルは飛んでゆく」の世界。
地平線の見える丘で、持ってきたエスプレッソを嗜みつつ昼寝すると、最高に気持ちいい。
そんな地平線が見える大草原に、「ボルケーノランド(Volcanoland)」という宿がぽつんと建っている。三日お世話になった。
酪農家の納戸を改装して、宿として使っている。藁葺きで木造だが、防音性や断熱性はパーフェクトに魔改造されていて、「いかにもアンデス」な雰囲気を、快適に満喫できる。
こういうのが好きな人にはたまらんだろう。
世界各国から、新婚旅行でやってくるカップルとかに大人気とのことで、週末は、半年先まで予約でいっぱいになっていた。
ラウンジで一緒になったアメリカ人男性(既婚)は、この夕日で女を口説いてやると言ってた。やってみんさい。
朝飯の食卓。
エクアドルは伝統的に、クロワッサン+卵料理+コーヒーが朝飯の王道だ。日本の「ごはんとみそ汁」と同じポジション。
酪農家も兼業なので、食材の新鮮さは、築地の寿司屋もはだし。
一日三食、絞りたて牛乳、それで作ったバターとチーズ、畑の無農薬野菜がてんこ盛りで、いつも朝から腹ぱんぱんになってしまう。
デザートは必ず付く。苺ムースの舌触りは、筆舌に尽くしがたい。
宿主催のオプショナルツアーに、乗馬体験がある。標高3000mの、地平線が見える高原をどこまでも駆け回れる。
宿に泊まっていたカナダ人ご夫婦の、奥さんの方がこれにハマり、毎日六時間くらい乗りまくっていた。旦那は、やることもなく暖炉で鼻毛を抜いていた。
我々は、今日も高度順応の散歩だ。農業用の小径を通って、周辺の丘をゆっくり巡る。標高は約3600m。富士山とほぼ同じだ。
近くにふっとい川とかがある訳でもないのに、一帯は、豊かな植生をたたえている。
人に踏み固められた歩道でさえ、草がびっしり、緑色の絨毯に覆われている。こんなすごい繁殖力の草むらを見たのは、屋久島以来である。
道ばたの植物ひとつひとつも、日本と全然雰囲気が違うから、つい撮りまくる。
36枚撮りフィルム15本、14日間ですべて使ってしまった。
写真をブレずに撮るテクニックとして、「呼吸を止め、暗夜に霜の降るごとくシャッターを押す」と昔から言われるが、高所ではすこぶる危険である。
撮れることは撮れるが、立っていられないくらいの目眩が襲ってきて、写真と引き替えに意識を失う。
三脚使うといいよ。
帰ると、牛が乳揉まれたそうな顔で待っていた。
今日も濃厚ミルク頼むよ。
乳で気持ちよくなったので、夜はラウンジで、国籍も年齢もバラバラな男女四人が集まり、心と体と愛をテーマに熱く語った。
「日本人は、お金と愛を分けて考えたがるが、それは間違っている。金がなきゃ愛も続かないと私は思うの。愛はプライスレスじゃないのよ。どうなのよ一体」と詰問され、戸惑うばかり。
マスターカードに抗議してみてはどうでしょう、と提案し、寝た。
初めて登る6000m級の山岳。桁数は富士山と同じだが、桁違いに高い印象を受ける。山の難易度は、標高と指数関数的に比例するのだ。
午後になると雪が腐り始めて危ないので、標高5900mまで日帰りピストン。午前0時に、標高4100mの山小屋を出発だ。
ヘッテンの電池を新品に入れ替え(途中での交換は死ぬほど危険)、6時間半の行動で頂上をめざす。
狂ったようにぎらぎら輝く、満天の星空だった。
なかなか怖い。日が昇ると、クレバスが間近に見えるので、精神的にもダメージがたまる。セルフビレイと三点確保で、とにかく一歩、前に踏み出す。その繰り返し。
体は、脳と心臓を守るため、本能的に手足への血流を減らし、痛いぐらいに指が冷えてくる。五分おきに、全身を震わせるように指先をこすりあわせて凌ぐ。
ワンゲル時代の「錬成」など、屁のつっぱりにもならんです。すごいです。
それまで三点確保しないとへばりついていられなかった傾斜が、あるとき急に、ゆるやかになった。周囲360度なにも障害物のない、頂上です。
心配していたほど寒くもなく、氷点下10度程度でした。感動と涙が停まらなくなって、その場で膝立ちになって、心ゆくまで、その充実感を堪能していました。
コトパクシ山です。
「日本人は、お金と愛を分けて考えたがるが、感動は、分けても分けなくても感動」
翌日。今日から、もうひとつの大ボス・チンボラソ(Mt. Chimborazo, エクアドル最高峰)にアタック。が、車で麓に向かってる途中、高山病にかかってしまう。いきなり合宿終了である。
症状は、標高約4600mではじまった。まず、手足のしびれが来る。次いで、体が冷たくなってくる。
しびれは、下腹部、肩、喉の奥、脳みそ全体にだんだん伝播し、指は硬直して、自力で曲げられなくなる。しびれ開始から約20分だ。
「すみません、ヤバいんですが」とガイドさんに伝え、すぐさま車を止めてもらう。靴を脱ぎ、服をゆるめる。
足を上、頭を下にする。脈拍は、40回/分に下がっていた。かつ拍動は弱く、頸動脈の位置も探しにくいほどだった。
ありえない脈拍に、精神的にも追いつめられてくる。
動かなくなった指先は、死人のように冷たい。「そういえば死んだ曾婆さんも、葬式の時これくらいだったな」と、昔が懐かしくなってくる。
「血糖値を上げないと」と、ガイドさんは、多量の飴玉をザックから出し、次々と僕の口に詰め込んでゆく。
続けて水のボトル。「飲み続けて下さい。車はだんだん標高を下げてますから、今は、糖分と水が大事です」どばどば口に入ってくる。
オレンジ飴が溶けてオレンジジュース味の筈だが、いまいち味が分からない。味覚はどっかに行ってしまうらしい。
深呼吸は、コトパクシの時と同じく実施してたにもかかわらず、こうなった原因は…
今後行かれる方は、上記を禁忌してトライしてみて下さい。
エクアドル人の登山ガイド氏(左)とツーショット。我々は「パトさん」と呼んでいた。
凄まじい体力・技術を持つ登山家で、おかげさまで6000m初心者でもコトパクシに登頂できた。しかし下界では豹変する。
「エクアドルはラテンの国です。皆、情熱的になりたくてここを訪れます。観光客の女の子、みんな冒険したがっています。我々は期待に応えねばなりません。大丈夫。私の言う通りにやれば、絶対、最後までできます。」
氷壁に挑んでいたときの澄んだ目はどこにもなく、猛禽類の目になっている。
「真面目に振る舞っていては駄目です。日本人の勤勉さは、国際的にも評価は高いですが、この際それは忘れて下さい。赴くまま本能を解放してやれば良いのです。サイヤ人と同じです。」
広い世代で共通の話題として扱える漫画だが、南半球まで飛び越せるとは思わなんだ。
北半球人として貞操は守った。
ただ、エクアドルが情熱的という所は激しく同意で、衣料品店のマネキンも、不必要にどうかしている。男はスカート履かないし、パンツにこだわらなくても別に良いじゃないか、というこれまでのパンツ観が、打ち砕かれる。
二年後、再び訪れたラテンの国。今度はアルゼンチンだ。
天狗型のパンツが大セール中である。ちっとも懲りてない。
このようなパンツは、こちらではむしろ多数派だ。無地のトランクスとかは、片隅で冷や飯を食わされている。
今回、飛行機の手荷物制限をクリアするため、手持ちのパンツは0枚。こっちで買うつもりだったのだ。選択肢は、この変態パンツを履く、山で汚れたパンツを履き続ける、ノーパンで過ごすの三択である。
森林限界をとっくに超えた砂漠の谷沿いを、お月見しながら登る。
今日の目的地は、標高 4100m のベースキャンプ 「プラザ・アルゼンチン」。もう軽く頭痛が出始める。
最終目的地の標高が、更に 2800m も高いことを思うと、今後、支障なくサラリーマンやってける脳細胞が残ってくれるか、不安を覚えずにいられない。
「ベースキャンプ」という場所に、生まれて初めて訪れる。
単なるキャンプ場を想像していたが、実態はホテルに近かった。着くと従業員さんが、「お疲れでしょう。さあさあどうぞ中へ」と出迎えてくれて、そこにはお盆てんこ盛りのオレンジ、りんご、桃、クッキー、ケーキ、紅茶。
一生ここで暮らしたい、という気分になって食べまくれる。みんなで行こうよ。
星がいちばんきれいなのは、標高 4000~5000m くらいと思う。
それ以上だと星がまたたかなくなり、それ以下だと、散乱しすぎてカラフルさに欠ける。
上の写真はデーライトフィルムなので、少々赤味をさっ引いてご覧頂きたいが、肉眼でこんな星と天の川(写真中の赤いモヤみたいな部分)を鑑賞できる環境へは、寒さや頭痛なんぞ無視して出かける価値がある。
ベースキャンプ「プラザ・アルゼンチン(Plaza Argentina)」へは、登山口から徒歩三日。
馬による荷役サービスを利用でき、担ぐのはデイパックだけでオーケーだ。一日の行動時間も、四~五時間と短い。
ブルジョワジーなら、もっと一気にヘリも可能。そのような登山には賛否両論あるだろうが、少なくとも緊急脱出には便利だろう。
ただ、現地のガイド氏によると「アコンカグアで信用できるのは、お前が前金で雇った人間だけだ。ヘリ会社を含むレスキュー組織は、クライアントでない登山者を見捨てることを躊躇しないし、要求にも応じない。瀕死の病人であってもだ」とのこと。
長野県警とはだいぶ事情が異なる。タクシー代わりに使いたい人は、札束握りしめて行ってください。
滞在した12日間に限っていえば、曇りや雨の方が珍しかった。ほとんど晴れである。
チリ上空にある巨大なオゾンホールの影響もあって、紫外線はとても強いので、特に行程が長い日などは、曇に恋い焦がれる気分。
写真の構成上も、いいアクセントになる。
しかし度を超すと一気に冠雪してしまう。 (カラー写真です)
雨乞いに長けた人は、祈らないのが賢明だ。
ベースキャンプから先は馬が入れない。すべて人力で担ぎ上げる。雪山装備やなんやら含めると、一人あたり 40kg を越す。
もちろん何回か小分けにするが、一回あたり 30kg に達することも珍しくない。薄い空気(平地の40%~50%)のため、身体能力は普段の半分も発揮できない。モチベーションだけが頼りである。
しかし、携帯の代金を振り込んでくるの忘れてたことを思い出し、「留守電止まってたらどうしよう」とか、どんどん心が弱っていく。
砂漠の埃が入り混じった氷の上を、ガシガシ頂上へと詰める。
2月のアコンカグアは、その気になればアイゼンもピッケルも不要だけど、アイゼンは、あるとすごい楽。頼もしい武器。
6400m で、気圧は平地の 40% まで下がる。意識は夢心地で、とても眠い。自分の呼吸音と足音しか聞こえない。視界は、TV をボーッと眺めているように、現実感がない。
それでも、頂上 100m ほど手前、そろそろ登頂が確信できる辺から、心の底から嬉しさがこみ上げてきた。頂上で、どんな写真を撮ろうか、何を叫ぼうか、どんなポエムをメモ帳に書こうか…
「それ全部、あと一時間で実現できるのだ」と思ったら、涙が止まらなくなった。じっさい頂上に着いた瞬間より、この一時間が一番うれしかったなあ。
頂上から意気揚々と降りてきたその日の寝床。
ここも 5770m もあるが、空気がとても濃く感じられ、その晩は心配になるくらいすやすや寝てしまった。
翌日、反対側の渓谷にあるベースキャンプへと降りる。
高度順応のため数日かかって稼いだ高度を、今日はたった四時間である。
ベースキャンプで、一週間ぶりの生野菜が俺を呼んでいる。
翌日の下山日は、更なる天国だった。
生野菜に加え、十二日間断っていたアルコール (高度順応の大敵) を思う存分飲めるのである。
国立公園の入口まで、オゾンホール剥き出しの砂漠を六時間歩かねばならないのだが、無敵のバリアで跳ね返せる気分でほいほい下山。
その晩は一気に二日酔い。
南米大陸の、赤道に近いエリアは、日本人からすれば、いわゆる常夏と言っていい。山には一年中、高山植物が咲き、いつも鮮烈な光景が広がっている。
日本でいうと曾場ヶ城山(注: 東広島市にある、雑木林と区別が付かない山)みたいな裏山里山でさえ、登山道の傍らは、花屋の軒先のように美しい。とにかく驚かされる。
ただ、標高の高い国が多く、空気はしっかり薄いため、花畑に興奮してはしゃぎ廻ってると死んでしまう。
息を殺して花を観察してると本当に危ないので、深呼吸はぬかりなく…
標高4800mの里山を、分速20mで歩き高度順化。日本ではマネできない効率の良さだ。
もうこれ以上ゆっくり歩けない速度だが、さすがそこは4800m。なんとなく脳に麻酔がかかったような夢見心地になってしまう。
ハエを捕まえようとしたが、あまりの素早さに、まるで歯が立たない。こいつら何吸って生きてんだ、と考えるが、考えるだけの酸素が脳に廻ってこないのがもどかしい。
仕方なく、遠くの景色を呆然と見る。
噴火で鬼ヶ島のような形に化けた、アンティサナ(Mt.Antisana)山が、ひときわ異彩を放っている。かっこいい。
エクアドル山岳地帯のロアという村で、水を買いに車を降りる。
なかなか商店が見つからずうろうろしていると、店や人が現れる以前に、続々と野良犬が登場し、慌てふためく。
一見ラブリーだが、栄養状態と気候のせいか、満身創痍で痛々しい。目鼻は皮膚病でただれ、足の創傷に蛆がたかっていた。慌てて逃げ出す。
南米エクアドルの鉄道会社「グアヤキル&キト鉄道」のアラウシ駅。
かつては国土の南北を結ぶ重要なインフラだったが、今は、飛行機にその座を譲り、もっぱら観光用となっている。
どうせ観光するならとことんやれ、というスタンスかどうか知らないが、乗るのは列車の屋根の上だ。窓ガラスとか無いぶん、景色は良い。
日焼け止め必須。いうまでもなく、帽子とサングラスにはストラップの装着を。
鉄道は、垂直な崖に彫りつけた溝のような感じで敷かれている。黒部渓谷の欅平~仙人温泉をイメージするとわかりやすい。
高低差はでかく、スイッチバックが途中二箇所。それでも客が多いと、上り坂で車輪が空転し、立ち往生する場合もある。こんなときは、車掌が線路に飛び出して砂を撒く。
最高時速は20km/h程度だ。とはいえ、浦安のネズミ園と違ってシートベルトもないし、下は崖だから、股間がすくむ。写真を撮りまくりたいが、まだバランス感覚と度胸が足りない。
車内(?)販売も、ちゃんとある。塩付きバナナチップが50セント。駄菓子屋の味がしてうまい。
水も売ってるが、屋根の上で買うと高いから、街で仕入れておこう。
「登山家の花」と呼ばれる、エクアドル固有の種。
見た目が雲丹だったので分解してみたが、味噌とかは入っていなかった。そして、靴下のような匂いがした。登山家だけのことはある。
この匂いが世界のすみずみまで届きますように。